時を超える想い 後編






 夜になり、普段のヴェルならば執務に追われているはずであったが、この日はめったに行かない書庫に足を運んでいた。
 気が遠くなるほどの膨大な本の中から分厚い一冊を取り出して、必死に読みふける青年は、ある一文を目に止めると小さく声を上げた。

 「これじゃ・・・」

 細やかなヴェルの指が本の上を滑る――そこには、「転生」の二文字があった。

 古くから、死んだ者は長い時を経て再び生を受けると言う伝承があった。だが、真実は誰にも分からずに信じていない者も多い。かくいうヴェルもその一人だった。

 だが、ミリィが聖の転生した姿だとしたら全てが納得出来る気がした。本当は彼女が聖だと信じたいための自己暗示に過ぎなかったがそれでもヴェルは僅かな可能性に縋った。

 転生者は前世の記憶はなく、前世の姿とは別の顔、性別で生まれる事もある。人格や性格も異なるが、その魂は同じである。

 しかし彼女は、聖の面影を残し300年の時を経てヴェルと出会った。それはまさに、奇跡と呼ぶに相応しい事だ。

 だが、ヴェルは確信していた。もし彼女が全く別の顔をしていても、メイドとしてやって来なくても、きっと彼女を見つける事が出来ると。

 「・・・ミリィ、か」

 聖と全くの同一人物ではない。だが、皇帝であるヴェルの心をここまで騒がせるのは、雷に打たれたような衝撃を覚えるのは彼女だけだ。

 「もう遠慮はせぬ。もう放さぬ・・・もう、後悔はせぬ」

 本を閉じて、顔を上げたヴェルの真紅の瞳には執念にも似た強いの光が宿っていた。









 「陛下、ミリィございます」

 待ち焦がれていた声が扉の外から聞こえ、ヴェルは嬉しさを抑えきれずに駆け寄ると、自ら扉を開けた。

 「待っておった。入るがいい」
 「え!?あ・・はい」

 まさか陛下自ら扉を開けるとは思っていなかったのだろう、ミリィはぎょっとしたように目を見開くと少し躊躇しながら室内へと入った。

 「あの、御用とは一体何でしょうか?」

 畏まって、居住まいを正す少女に、ヴェルは気さくに笑いかけながら、

 「用と言うほどのものではない。ただ余と結婚して欲しいだけじゃ」

 とんでもない事を言った。

 「・・・・・・はぁぁ!?」

 当然、事情を知らないミリィにとってはとんでもない発言だった。まだ会ったばかりのこの国の皇帝に突然結婚を申し込まれたのだ、誰であっても驚愕するだろう。

 「一体何の冗談です?」
 「冗談などではない。余はそなたを愛しておる。そなたと余が結婚するのは運命じゃ」
 「何を言っているんです!?」

 不快感と嫌悪感を隠そうともせずに、ミリィは顔を歪めたが、ヴェルは気にせず、彼女を抱きしめた。

 「愛しておる。もう放しはしない」

 うっとりと囁いて、体中から幸福が溢れてくる感覚に酔っていたが、ヴェルが幸福に浸っていられたのは時間にして、僅か3秒であった。

 「セクハラです!!」

 ミリィの膝蹴りが、彼の鳩尾に綺麗に入ったからだ。

 「ぐあぁぁっ・・・!」

 あまりの激痛に、蹲る皇帝を見下ろして、ミリィは自分がとんでもない事をしてしまったと思い至る。
 いくら皇帝が電波で変態でも、この国の皇帝なのだ。その彼に一介のメイドが膝蹴りを食らわすなど、その場で処刑されてもおかしくない重罪である。


 「陛下!?」

 ヴェルのうめき声に、優秀な兵士達はすぐに馳せ参じた。
 そして、蹲る皇帝と慌てるメイドを見てすぐに状況を察知したようだ。

 「貴様!陛下に何をした!?」

 剣を突きつけられて、青ざめる。このまま兵士に捕らわれるかと思ったのもつかの間、

 「下がれ」

 ヴェルが少女と兵士の間に立ったのだ。切先が皇帝に掠りそうな状況に、兵士達は慌てて剣を下ろして、跪く。

 「余がふざけて彼女を驚かせてしまっただけじゃ。何の問題も無い」
 「しかし・・・」
 「下がれと言っておるのが分からぬのか?」

 背筋がゾッとするほどの冷たい声にミリィは身がすくんだ。彼の後ろにいる彼女でさえこうなのだから、実際に彼に睨まれている兵士達はたまったものではないだろう。
 一様に青ざめて、逃げるようにして部屋を出て行ってしまう。

 「ミリィ」
 「あ・・」

 兵士が出て行ったのを確認するとヴェルは殺気を抑えて満面の笑みで彼女に振り返った。
 だが、少女は完全に怯えてしまっており、その笑顔すらも恐怖に感じていた。

 ヴェルは震えるミリィに自嘲すると、

 「怖がらせてすまぬ」

 彼女の涙を優しく拭い、そのまま頬を愛おしげに撫でる。

 「唐突過ぎたな・・・だが、これだけは覚えておいて欲しい。余は心からそなたを愛しておる・・・300年間ずっとじゃ」
 「300年・・・?」

 次第に落ち着きを取り戻した少女が首を傾げると、少しだけ困ったようにヴェルは笑んだ。

 「いずれ全てを話そう。それを信じるか否かはそなたの自由だが、余はもうそなたを手放すつもりは無い」


 そう・・・。もう二度と手放さない。手放せない。覚えて無くても構わない。愛している。必ず振り向かせてみせる。必ず幸せにする。だから――


 「もう一度、余と恋をしよう」


 今度こそ、未来のある恋を。











BACK  NOVELS TOP